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今日は『冬の星祭』。
夕方からパレードが始まって、深夜に村の全ての明かりを消して、星空に祈る。
悟飯はこの祭がことの外、大好きだった。
今年は珍しく冷え込んでいた。
『じゃあ、いってらっしゃい、悟飯ちゃん。』
チチは今にも眠りそうな悟天を抱いて、玄関で悟飯を見送った。
『うん、お母さんは先に寝ててもいいよ。たぶん遅くなるから。』
チチも悟飯が夜空を見上げ始めると、キリがないのを知っていた。
ニッコリと頷く。
『いい星祭を、悟飯ちゃん。』

悟飯はその足で、ピッコロの家にいった。
ピッコロとしては、本当は祭に行きたくなかった。
タダでも目を引く自分でもあったし、
この頃は悟飯と二人っきりになるのもつらい。
それは、自分を抑えていられなくなった時のことを思うと、相手のそばにいないのが一番だからだ。
『ピッコロさん、今晩は。』
ピッコロが玄関を開けると、小さなランタンを持って小さくなっている悟飯がいた。
『お前、今日は上着がないとつらいだろう?』
ピッコロには「寒さ」というものがわからないが、悟飯が小刻みに震えているのがわかった。
『はい・・・、実は家を出てから後悔したんです・・・』
苦笑いを浮かべて、悟飯は自分の肩をさすった。
『でも・・・、早くピッコロさんに会いたくって・・・』
言葉の先が白い息になって消えていく。
悟飯もピッコロと同じように、切ない思いを胸に押し殺して過ごしている。
『今、上着を出してやる・・・』
悟飯の戸惑いを感じつつも、自分も一杯一杯で、ただ当たり前のように振舞う事しかできないピッコロ。
『・・・いつもすみません・・・、あ、そうしたら「ウサギ」のようなあったかそうなのをお願いします。』
『ウサギ・・・?』
呪文を頭の中で念じている最中に「ウサギ」という単語が飛び込んできたお陰なのか・・・
『・・・わっ・・・、ピッコロさん・・・、これはちょっとウサギ過ぎます・・・』
悟飯はちょっとビックリした。
『靴までウサギ耳です・・・』
クスクス笑いながら、可愛いウサギブーツをフリフリさせた。
『おっ・・・お前がいきなり変な事を言うから・・・』
その似合いすぎる格好と、しぐさに思わず顔が赤らんでしまう。
『でも、ありがとうございます。とっても気に入りましたv』
ニコニコ笑いながら、ぴょこぴょこと飛び跳ねる。
嬉しい表現が幼稚園児並な悟飯であった。
そのまま祭の会場に出かけた。
既にパレードは終わり、村の明かりは点々と点いているだけだった。
お陰でどこにだれがいるのかは、よくわからない。
ただ、暗い中に人々が空を見上げているというのが、なんとなくわかるといった具合だった。

『すごいですね・・・!!星が一杯あります。』
悟飯はその大きな黒い瞳をさらに大きく広げて、夜空を見上げた。
つられて見あげると、田舎なせいもあり、落ちてきそうな多くの星が目の前に迫ってくるかのようにあった。
こんな風に星を見上げたのは、いつだったか・・・
そのかたわらに、お前という存在がいるようになったのはいつだったか・・・
遠い昔の記憶の断片が脳裏をよぎる。
『星を見ていると、あるお話を思い出すんです。』
悟飯は星を見上げながら続けた。
『むかし、荒野に一匹のさそりがいて、そのさそりが自分の体を、みんなのために燃やすってお話。』
『・・・さそり座の赤い星のことか?』
ピッコロは悟飯の横顔をちらりと見た。
星の明かりはわずかだったのに、悟飯の潤んだ瞳がわかった。
『ボクね、最初、そのさそりってかわいそうって思ってたんです。』
『でもね、本当にみんなの幸せを思うのなら、生きていないとしょうがないと思うんです。』
悟飯が誰のどんな事を言いたいのかが、少しわかった。
自分もその中に入っていると思った。
『少しでも自分と係わりがあった者が悲しんだり戸惑ったりする・・・からか?』
『・・・それもありますけど・・・』
悟飯は星を見るのを止めて、うつむいた。
『生きていていても、何もしなければみんなを幸せには出来ないと思うんです。』
『その身を投じてでも守りたいものであったのならば、生きて更に守ってほしい・・・』
ピッコロは悟飯から目が離せなかった。
力強く発せられる言葉に、息が詰まりそうになった。
生きている価値を易く見すぎていた・・・
そう思った。
自分がいつ死んでも、この地球がいつ滅びてもおかしくない状況は何回もあった。
だからこそ、生きていることをもっと愛しく思わなければならないと・・・
『だから、何にでも精一杯やろうって、生きている時が今だって、思います・・・』
悟飯は泣きそうな顔でピッコロを見上げた。
黒い瞳にピッコロが、ピッコロだけがうつっていた。
瞬きも忘れているかのように、潤んだままの瞳で・・・
『・・・俺は・・・』
ピッコロは、その瞳につられるように言葉を発した。
『・・・俺は、お前がもっと大人になるまで待とうと思ったんだ・・・』
顔は平常心を保っているように見えても、心臓は早くなる一方だった。
『・・・でも、待てなかった・・・・・・』
悟飯は頷いた。
『いいんです。ボクも同じ気持ちです。』
いつ死んでもおかしくないからこそ、一番の愛情表現で愛した。
一番の方法でそれを受け止めた。
『・・・お前を・・・、もっと・・・いいか?・・・』
くぐもった声だった。言葉にもなっていない。
ピッコロがこんなにもうろたえるのは、あまりない。
悟飯はそんなピッコロが愛しくてたまらなかった。
『・・・ボク・・・、ピッコロさんが好きすぎて・・・死んじゃいそうです。』
ピッコロに抱きついて、マントに顔をうずめた。
『・・・今、キスしたい・・・』
ピッコロの匂いを胸一杯に吸い込みながら、悟飯が言った。
『ここでか?』
ピッコロは微笑んだ。
『お前とずっとこの村で暮らすのに、村中にさらすものどうか・・・だしな。』
その言葉を聞いて、悟飯はピッコロを見た。
『・・・ずっと?』
『そうだ。』
悟飯もクスクス笑いながら
『そうですね、このウサギコートじゃ、ただでも目立ってますもんね。』
ピッコロは悟飯を抱き上げると、一気に空高く飛び上がった。
いつの間にか月が高い位置まで来ていて、少し明るくなっていた。
しかし地上から肉眼では二人の姿は見えないだろう。
二人はしばらく見詰め合うと、そっと唇を重ねた。
ピッコロは悟飯の唇が「温かい」と感じた。
長いキスの後、唇を離すなり悟飯が言った。
『ピッコロさんの唇・・・すっごく冷たいです。』
自分では温度を感じないので、自分の体がいかに冷えているかというのもわからない。
『それだけ、今日は冷えるという事だろ?お前は大丈夫なのか?』
『ボクは大丈夫ですよ。ピッコロさんが出してくれたコートを着てるから・・・』
『・・・あ、じゃあ・・・』
悟飯は首に巻いてあるマフラーをピッコロに巻いてやった。
『ピッコロさんもボクのために暖まって下さい。』
(ピンクのマフラー・・・巻くか?俺に・・・)
意外な行動にリアクションを忘れてしまった。
ニコニコする悟飯に一本とられたような気分になった。
でも、揚げ足を取られたままでいてくれないのがピッコロだ。
『・・・と、いうことは・・・、今からもっと体を密着させるようなことをしたいわけだな?』
『・・・えっ!?・・・、べっ・・・別にそんなダイレクトなことを言ったわけじゃなくて・・・』
揚げ足を取られ返される。
『・・・でも、できちゃった結婚はダメです・・・、ピッコロさんがお母さんに殺されちゃいます。』
赤くなっていながら、結構ストレートな悟飯の言葉がおかしかった。
ピッコロはニヤニヤと笑いながら、悟飯を抱きしめた。
『今のお前はヨコシマな「さそり」だな。顔も丁度赤いし。』
月明かりは、その赤い顔を優しく照らしていた。
いつまでも自分のためだけに、そのヨコシマな「さそり」がいてくれる。
そう思うと、心から暖かくなった。


END

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